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福島第一原発に行ってきた

   

京都大学の研究視察に同行させてもらった

今日は福島第一原発の中に入って見学してきたのでレポします。福島第一原発の構内はスマホやカメラの持ち込み禁止で撮影NGでしたのでテキストでお伝えします。長い記事ですのでご注意ください。

今回の経緯ですが、私はいま福島第一原発20キロ圏内ツアーのガイド見習いをやっています。20キロ圏ツアーは南相馬市や浪江町などの避難指示が解除された地域の視察を中心に巡るツアーで、双葉町や大熊町など避難指示が解除されていない地域(帰還困難区域)は徒歩で歩くことが禁止されているので車で通り過ぎるだけです。第一原発までは入れません。

しかし過去にツアーに参加された京都大学の原子核工学専攻の研究者の方から「京都大学で第一原発を研究視察することになったので地元の方も参加されませんか?」とお話しがありました。そこで私も参加を希望して研究視察に同行させてもらうことができました。

最初に東京電力から注意事項が送られてきて、身分証が必要なこと、スマホやカメラは持ち込めないこと、当日に具合が悪くなったら気兼ねなく申し出てほしいこと(発電所内での体調不良者は報道機関への通報対象になること)、長袖・長ズボンを着用して肌の露出がある衣装は極力控えることなどが書かれていました。そして事前に身長と靴のサイズを聞かれました。防護服のためと思われます。

廃炉資料館で待ち合わせ

京都大学や東京電力の関係者との待ち合わせ場所は福島県富岡町の廃炉資料館でした。富岡町は避難指示が解除されて1万5千人の町民のうち8百人くらいが帰還されています。

廃炉資料館は震災前までは「エネルギー館」という名前で福島の原発の安全性をPRする施設でしたが、現在は原発事故がなぜ起きて廃炉作業がどのように取り組まれているかを動画や模型などで展示している施設になっています。誰でも無料で入ることができます。撮影も可とのことでした。

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京都大学の方々は教員と学生で12人くらい、地元の人で参加された方は私も含め3人くらいでした。東京電力の社内分社である福島第一廃炉推進カンパニーの方が案内してくれました。

まず廃炉資料館のシアタールームに案内されてムービーをみんなで観ました。「東京電力は福島第一原発事故で甚大な被害を出してしまいました」というナレーションと共に動画がスタートしました。「事前に津波の高さが想定されていたにも関わらず対策を行っていませんでした」「格納容器から燃料が溶け出し水素爆発により空気中に放射性物質を飛散させてしまいました」「汚染された地下水を海洋に流してしまいました」など東京電力の懺悔のようなナレーションで映像を観ました。途中で当時の福島第一原発の再現VTRも流れました。

動画を見た後は一通り廃炉資料館の説明を受けました。廃炉資料館の2階は事故当時の福島第一原発がどのような状況であったのか展示されています。1階には現在廃炉に向けてどのような取り組みが行われているのか展示されています。

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1号機の現在を再現した模型です。建屋の鉄骨が露出したままになっています。上にはスプリンクラーが設置されていて放射性物質を含むダストが舞い上がった場合は水を掛けて飛散を防止するとのことでした。元々1号機の上部はカバーで覆われていたのですがカバー取り外し後にウェルプラグのずれが発覚してクレーンの落下への対応も必要となっているそうです。オペレーションフロアに多数の瓦礫が散乱していて2018年に撤去作業が始まりました。溶け出した燃料デブリはロボットなどで情報を収集しています。

2号機は水素爆発がなかったため外見上は建屋の健全性が保たれており模型は展示されていませんでした。しかし建屋内は高濃度の放射性物質が留まっていてロボットなどを送り込んで情報を収集しているとのことでした。建屋の上部は全面的に解体する予定になっています。

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3号機は水素爆発で屋根が吹き飛び多数の瓦礫が散乱しています。瓦礫の撤去や除染を進めており、上部に円筒状のドームが上部に設置されてクレーンを使った燃料棒の取り出しへ向けた作業が開始されています。

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4号機は定期点検中で停止していましたが3号機からと思われる水素が流れ込み建屋が爆発しました。現在は燃料棒の取り出しが全て完了して建屋もかなり新しくなっています。建屋は解体可能ですが1号機〜3号機のシミュレーションなどにも使われているそうです。

第一原発に入って入所手続き 防護服なし

廃炉資料館の見学が終わったところで全員バスに乗り込んで第一原発に移動しました。大熊町や双葉町に入ると帰還困難区域で立ち入りが制限されているので徒歩などで歩いている人がいないか警備の人が立ってチェックしています。

第一原発に向かう途中で検問があって許可された車しか通行ができません。検問の後ろには警察の警備車両があります。案内の人によると福島県警だけではなく全国の警察が交代制で警備していて今日は栃木県警が警備しているとのことでした。途中で田んぼだった場所を通りましたが木が生い茂っていて雑木林になっていました。「この辺はホットスポットで第一原発の敷地内は除染が行われていて、ここよりも放射線量は低い場所が多い」とのことでした。放射線量は4μSv/hくらい。

検問を抜けてしばらくして第一原発の敷地内に入りました。まず新事務本館という建物に入って会議室へ移動しました。そこで簡単な今日の視察の概要説明があって手荷物は基本全てこの会議室に置いたまま外出するようにお話しがありました。スマホやカメラなどの持ち込みもここまで。ただ京都大学の方が持ってきた線量計はOKとのことでした。

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資料を渡されたのですが「はいろみち」という廃炉情報誌も発刊されていました。隔月発行で現在12号とのことです。内容は最新ロボットの紹介や中の人へのインタビューなどです。

新事務本館の隣が協力企業棟と呼ばれる施設で、東京電力以外の会社の人はここに詰めるようです。入り口に協力会社のロゴが貼ってあるのですが50社以上はありました。建設会社だけではなくKDDIなど通信会社も入っています。多重請負の人もいるのでしょうね。以前は別な場所に協力企業棟があったそうですが、窓が大きく汚染が進んだため現在はそこを廃棄して新事務本館の隣まで移動したそうです。後で旧協力会社棟を巡りましたが廃墟になっていました。

その後セキュリティチェック。詳しくは書きませんが厳重でした。「国際テロ警戒中」という張り紙もありました。おそらくスマホやカメラが持ち込み不可なのもセキュリティ絡みと思われます。セキュリティチェックが終わってから1人1人に個人線量計が渡されました。年間で50mSvを越える放射線量を被曝した場合はアラームが鳴るそうです。また1日10時間までしか活動が許可されていないので残り時間が表示されていました。渡された段階で残り9:30くらいを示していました。胸ポケットがない服を着た人にはベストが支給されて胸ポケットに個人線量計を入れるように指示がありました。

事前に身長や靴のサイズを聞かれていたのでこの後に防護服を着るのかなと思ったのですが、防護服は支給されず私服のままの状態でバスに乗って移動しました。車内のまま巡回するので防護服はなかったのかもしれません。案内の方によると現在の第一原発は96%がグリーンゾーンと呼ばれる低放射線量のエリアで、グリーンゾーンは防護服ではなく一般作業服も許可されているそうです。身長や靴のサイズを聞かれたのは緊急時用だったのか途中でコースが変更になったのかもしれません。

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廃炉資料館に展示がありますが、右側の白い服が放射線量が高いレッドゾーンやイエローゾーンで作業するときの防護服で、左の青い服がグリーンゾーンで作業するときの作業着です。白い防護服は作業着より放射性物質への安全性は高まりますが作業がしにくくなるそうです。建屋に近づくにつれて右の白い服を見掛けることが多くなってきました。

フェーシングで白くなった地上世界と地下の汚染水

第一原発をバスで巡っていた中で特徴的だったのは地面が全て舗装されて真っ白になっていたことでした。土の地面はほとんど見掛けません。これはフェーシングと呼ばれる作業で高い放射性物質を含んだ土壌をモルタルで上から舗装することで、地上の作業をグリーンゾーンのように低放射線量にすることが実現できたそうです。具体的には年間100mSvだった場所が年間8mSvに下がったとのことです。元々は桜の木が沢山植えられて桜の名所だった場所もかなり切り落とされていました。地上は小高い丘も含めてモルタルで真っ白です。

作業員は作業着または防護服とマスクを付けて重機などを使って作業しています。第一原発の中には多数の車も停まっていて車で移動している作業員も多数見掛けました。作業員の自家用車以外に所内専用の車も多数あるようです。車もある程度汚染が進むと第一原発の外に出すことはできなくなるとのことでした。第一原発の敷地内は自動車整備を行える場所やガソリンスタンドもありました。

自動運転車も数台ほど見掛けました。NAVYA社の自動運転車が導入されていますが誤検知でストップすることも多いため現在は試験を行っているとのことでした。停止した場合にコントローラーで人が手動操作ができるのですが、Xboxのコントローラーが使われていました。Xboxすごい。

第一原発の所内には白いタンクが沢山あって高濃度汚染水が保管されていました。当初はフランジ型タンクを使っていましたが汚染水が漏れ出したため、現在はより信頼度の高い溶接型タンクがつくられていてそちらに汚染水を貯めるように変えたそうです。資料によると2018年11月にストロンチウム処理水はすべて溶接型への移水が完了したそうです。タンクの周囲には受け皿のようなものがあり、雨によって水が流れたのかタンクから漏れたのかが検知できる仕組みを導入しているとのことでした。

関係者が「高台」と呼んでいる内陸側の斜面から地下水が流れ込んでくるので、これをまず高台に設置した井戸でくみ上げて原子炉の冷却に回しているそうです。しかしまだ地下水が漏れるのでその後は陸側遮水壁と呼ばれる凍土壁で地下水を遮断してくみ上げて原子炉の冷却に回しています。ここで漏れた地下水のために建屋から海側にも海側遮蔽壁と呼ばれる凍土壁が存在します。凍土壁は効果がなさそうに見えて京都大学の学生の方も「凍土壁は効果がないのでは」と質問されていましたが、案内の方によると凍土壁によって4メートルほど地下水の水位が違うとのことでした。凍土壁は-30℃の塩化カルシウム水溶液によって固めています。第一原発の中にはこの凍土壁のための配管が多数ありました。それでも海側に流れ込む地下水があるので海側に近い場所で再度水をくみ上げているそうです。

汚染水は元々1日に500トン発生していましたが、現在は降雨量によって差がありますがだいたい1日100トン程度発生にまで削減できたそうです。陸側凍土壁の長さは1.5km。汚染された水は多核種除去設備(ALPS)で浄化します。フェーシングやタンクで白くなった地上と地下水との暗闘が繰り広げられていました。

建屋付近で243μSv/hのアンダーコントロール世界

地下水や汲み取り設備を見学した後にバスで建屋の方へ進みました。白い防護服を着て作業している人が多くなってきました。全員マスクをしています。最初に4号機を見たのですが模型にもあるように外観は完全に新しい建物に変わっていました。建屋は想像していたよりもずっと大きかったです。3号機も外観は新しい部分が多かったですが一部の構造物が事故当時のままになっていて鉄骨が飛び出している箇所が少しありました。多数のクレーンが動作していて車も多く動いていました。

1号機・2号機と3号機・4号機の間の通路を走行していたとき東京電力の案内の方がガイガーカウンターを出して「現在線量が最も高く243μSv/hを示しています」と言っていました。バスの車内とはいえ防護服なしで大丈夫なのかなと若干不安だったのですが、「防護服を着ていても放射線が遮れるわけじゃないし」と思って気を取り直して窓の外の建屋の様子を見ていました。京都大学の方が持ち込んだガイガーカウンターもジリジリいっていました。243μSv/hだと年間換算で243μSv×24時間×365日で2,128,680μSv、つまりここにずっといると年間2.128Svになります。マイクロとかミリはつきません。

1号機は今日は周辺で工事をしているとのことであまり近づけませんでしたが、模型にもあるように建屋の上部がむき出しになっていて生々しかったです。2号機は水素爆発がなかったので建屋が事故前のままなのですが放射線量や崩壊熱は高くて不気味な感じがしました。まだしばらくはロボットで情報を収集するしかありません。アンダーコントロールの実物を見てきました。政府の当初計画では東京オリンピックが開催される2020年に1号機と2号機の核燃料の取り出しを開始する予定でしたが、現在は2023年を目処に開始するよう方針転換しています。

第一原発の食堂でランチ380円

海側をぐるりと回ったのですが鳥が沢山いて海も綺麗でした。人工浮島メガフロートも見ましたが完全にウミネコの島になっていました。メガフロートは汚染水を暫定的に保管していましたが現在は役目を終え、処分が決まったので海に沈める予定です。ただこのまま沈めると津波が来た時に原発にぶつかる可能性がありますので少し移動した場所に沈められることになるだろうとのことでした。

震災時に唯一稼働した6号機の非常用ディーゼル発電機も見ました。そしてその近くには原発事故の時に本部として機能した免震重要棟もありました。この2箇所が稼働したことが最悪の事態を避けることにつながったのかと思います。免震重要棟はまだ建物の外観は堅牢なままでしたが、現在は一部の非常用職員を除いては詰めおらず、再度津波が押し寄せたら使われることになるだろうとのことでした。焼却場も見ましたが東京電力や協力企業が使った防護服などはここでいったん燃やされるそうです。

第一原発を一巡して再度入り口まで戻りました。ここで個人線量計を回収してレントゲンのような全身をチェックする機械で放射性物質が付着していないかチェックします。私の個人線量計は年間0.0mSvで問題ありませんでした。全身チェックも問題なし。京都大学の学生が1人全身チェックで引っ掛かったのですが、再検査で異常なしとなりました。

大型休憩所に寄ってランチとなりました。食堂は広かったです。食券を買うシステムでAとBの日替わり定食も麺類も全て380円です。第一原発構内に食事をつくることは保健所の許可がでなかったそうで、大熊町の給食センターから食事が運ばれています。おばちゃんがフレンドリーに配膳してくれました。日替わりAセット(回鍋肉定食)を頼みました。大盛り無料。美味しかったです。食べながら京都大学の学生さんと少し話しました。

食堂ではじめて作業員の人達の素顔をじっくり見られたのですが、やはりガテン系っぽい人が多かったです。休憩所はスマホ持ち込み可ですので充電スタンドも100以上ありました。原子力の安全に関する内部通報制度の張り紙もあって、何らか法令違反や安全違反を見つけたら個人情報が保護されたまま通報ができるそうです。防護服を脱ぎ捨てるコーナーには多数の服が捨てられていました。

休憩所の入り口には大きな日本地図と世界地図が貼ってあって自分の出身地にピンを刺せるようになっています。日本地図はやはり首都圏や福島県がかなり多いですがそれ以外の地方からもかなり来ています。そして世界地図を見るとアメリカが最も多く、次いでヨーロッパ、そして中国や韓国にも結構ピンが刺さっていました。第一原発のために国境を越えて世界中の人が集まっているだなと実感しました。

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資料によると現在は東京電力の社員よりも協力会社の社員の方が少し平均被曝量が高いようです。初期の頃の東京電力の被曝量もすごいですね。

休憩所から発電所内の各種モニタリングポストの線量を閲覧できるのですが、一番高いところは1号機と2号機の近くで1,200μSv/hぐらいになっていました。

視察終了 4,270人の思い

視察が終了してバスで廃炉資料館へ戻って解散となりました。東京電力(福島第一廃炉推進カンパニー)では現在視察の受け入れを強化していて年間2万人規模の視察受け入れを目標にしているそうです。地元の方が最優先とのことでしたが、それ以外にも今回のように団体申し込みで受け容れてくれるかもしれません。福島第一原発を直で見てみたい方は東京電力にお問い合わせをしてみると良いかもしれません。

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あと廃炉資料館には第一原発に入らない方のために3Dで第一原発構内を体験できる展示があります。先ほど紹介した食堂の様子も見られます。

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廃炉資料館で表示されている第一原発の現在の従業員数4,270人。最盛期の7千人よりだいぶ少なくなりましたが、現在も世界中から多くの人々がそれぞれの思いを抱きながら第一原発で働いています。

www.tepco.co.jp

最後に少しだけ20キロ圏内ツアーの宣伝

福島第一原発20キロ圏内ツアーでは福島第一原発の20キロ圏内を巡ってみたいという方をガイド付きでご案内しています。20キロ圏内に興味がある方は下記のページよりお申し込みください。

nomado.info

どんな場所を巡るかはある程度希望にあわせてアレンジできます。私のガイドを希望される方は申込時にその旨を書いて頂ければ私の方でご案内できると思います。第一原発は地元の人優先だったり事前に身分証や手続きが必要だったり東京電力の審査もありますのでご案内できないかもしれませんが、南相馬市小高区や浪江町や富岡町(廃炉資料館)は必ずご案内できると思います。