歴史研究は生き物
(薩英戦争。砲撃戦を交わすイギリス艦隊と薩摩砲台。薩英戦争でイギリス艦隊が受けた損害を知らない人は多い)
昨日は「元寇の勝因は暴風雨ではなかった?」という朝日新聞の記事を読んで、「元寇の勝因が暴風雨であるとする史料的根拠に乏しいことは何十年も前から指摘されているのでは」とつっこみを感じてしまいました。
しかし暴風雨だと思っていた人がけっこういて驚きでした。「防塁」を勝因に挙げている人もいるけど少し違うかと。確かに日本側は巨大な防塁を構築したけれど、北九州の海岸線全体を要塞化する事には成功できていません(当時の技術では不可能)。
防塁も元の侵攻を困難にした要因ではあったけれど、文永の役は元の威力偵察や示威行動としての側面が強く本気で侵攻する意図に乏しかったのと、弘安の役では日本側も鷹島沖で船を繰り出して元の軍船と海戦を挑んで損害を与える事に成功した影響も大きいです。
また、この鷹島沖の海底では2011年にかなり保存状態の良い元の沈没船が見つかっています。この沈没船の中から多くの農具が発見されています。このことは、弘安の役の元軍には戦闘員だけではなく、日本への永続的な入植も企図した農民も多数含まれていたことを推測する手がかりとなっています。
歴史研究は生き物なので、過去の出来事でも新史料が新たに出てきて今までの定説が覆る事があるし、今までの定説を支えてきた史料の信憑性が乏しい事が明らかになって定説が定まらない状態になる事もあります。新たな異説が必ずしも正しいわけではなく、常に様々な視点から論争し合っている状態が健全であると思います。
にわか歴オタの私もモヤッとする話題
私は歴史を専攻していたわけではなく、ただネットや書籍や雑誌で歴史の記述を読むのが好きなだけの、付け焼刃のにわか歴史オタクです。
そんな私ですが、歴史オタクやマニアではない一般の人と歴史の話をしていたら内心で(従来の歴史解釈にとらわれすぎているのでは)とモヤッとする話題があります。「その辺の歴史は面白いですよねー!」とその場では話を合わせるのですが、何となく後から振り返ってもモヤモヤ。テレビや小説などでも、この描写は実像とはかなり違うのではとモヤモヤすることが。
最近そんな風にモヤモヤした話題を、思い出してリストアップしてみました。
- 縄文時代の集落規模と三内丸山遺跡の特殊性
- 縄文人と弥生人の連続性
- ジャポニカ米の伝来ルート
- 豊葦原中国平定の神話と出雲文化圏の関係
- 聖徳太子
- 難波長柄豊崎宮と万葉かなの成立時期
- 燃ゆる水・臭水の場所
- 隼人の平定過程
- 竹取物語、いろは歌の作者
- 「平家物語」「太平記」などの軍記物の信憑性
- 北の元寇
- 中世の交易における十三湊の位置づけ
- 悪党の定義
- 惣村の実像
- 桶狭間の合戦の開戦理由と奇襲勝利説の検証
- 長篠の合戦の鉄砲戦術の実際
- 武田騎馬軍団の実像
- 当時の合戦による死傷率と戦国期の日本の推定人口の推移
- 火縄銃や大筒の実際の殺傷能力と戦術効果
- 足利将軍家の滅亡時期
- 刀狩り実施後の兵農分離や身分固定化の実際の進展
- 慶長の役における「泗川の戦い」の評価
- 徳川入府以前の江戸は荒涼地説の検証
- 「士農工商」という身分制度の呼称の成立時期
- 「幕府」「鎖国」という呼称の成立時期
- 禁教令と隠れキリシタンの潜伏実態
- 長崎・琉球・蝦夷地などを通じた対外交易の規模
- 銭屋五兵衛など民間商人の密貿易の実態
- 江戸八百八町の変動
- 江戸の寿司・蕎麦・天麩羅の描写
- 明治以前に白菜を使った料理が登場する描写
- 近代化以前の和食と醤油の量産や冷蔵技術が確立して以降の和食との連続性
- 荻原重秀・田沼意次の評価
- 荻生徂徠の朱子学批判と陽明学が幕末に与えた影響
- 薩英戦争でのイギリス艦隊の損害
- 奥羽越列藩同盟によるプロイセンとの同盟交渉(蝦夷地売却)の進展
- 坂本龍馬の船中八策などの信憑性
- 相馬事件が日本の隔離型精神医療に与えた影響
- 日露戦争で203高地の占領が旅順攻略に与えた戦術面の影響
- 戦時中に存在した闇市
今回はリストアップしただけ。どんな話を聞いてモヤモヤして、自分がそれについてどう思っているのかは今後記事のネタとして書いていこうかなと思っています。
相馬の歴史の編纂
映画「この世界の片隅に」を見ていて思ったのですが、呉に限らずそれぞれの地域の歴史を編纂してそれを残したり物語にしていくことは大事だなと…。
仙台などだとネットでもそういう動きも活発なのですが、相馬はまだまだ郷土史研究家の方の書籍に頼らなければいけない部分が多くて…(相馬に関する郷土書籍は相馬の書店でも長くは置いておらず、図書館に頼るしかない)。
時間のある時に相馬の歴史も編纂してネットで発信できていければいいなと。これも時間のある時に少しずつ進めていこうと思います。
(相馬市内の古墳から出土した馬の埴輪)
にわか歴オタなので、編纂してみて調査や認識が甘い部分があったらガシガシご指摘ください。
薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄 (朝日文庫 は 29-2)
- 作者:萩原 延壽
- 発売日: 2007/10/10
- メディア: 文庫