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大衆はOSに革新なんて望んでいないよ

   

Windowsリスクが顕在化するディストピア

週明けは世界中のマシンがランサムウェアWannaCryの脅威に晒されることになった。日本はまだ大規模な被害は起きていないが、私達の社会にはレガシーなWindowsを使い続けている人が多数存在し、Microsoftがセキュリティパッチを提供しないとこのレガシー環境のWindowsがセキュリティホールとなることを改めて実感させられた。

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Windowsはオープンソースではないので、WindowsにOSを一蓮托生する限りMicrosoftのセキュリティ対応に依存せざるを得ない。この「Windowsリスク」は発生頻度・実被害・対応コストも含めてチャイナリスクよりも遙かに高い。私達は巨大なセキュリティホールを抱えながらも「今まで使い続けてきたから」と喉元がすぎれば何度も問題を忘却し続けるディストピア的な状況に既に陥っている。

大衆がOSに「変化を望まない」意思は極めて強固だ。彼らはWindows10でUIが大幅に変更されたことを嘆いてレガシーな環境を使い続けている。私達の社会において最大の技術的負債は古いWindowsとMicrosoftのサポートに依存せざるを得ないクローズドな状況だろう。

RedHatの呪縛

OSに変化を望まない人々はWindowsだけに留まらない。LinuxにもRedHatの呪縛がある。かつてLinuxサーバーのディストリビューションの中でRedHatはそこそこのシェアを築いていたため、RHELが発表された時にはRedHat互換のFedora Coreが注目された。今では見られなくなった現象であるが、当時はFedora Coreでサーバーを立てようというハウツー本が多数出版された。

現在はCentOSやAmazonLinuxがそのポジションにいる。時代は変わりサーバーOSは必ずしもRedHat互換環境を必要としなくなったが、YumとRPMでのパッケージ管理の継続を望み、RedHat時代のような安定的なサポートを望む多くのエンジニアがRedHat互換OSを使い続けている。このような安定志向はCentOS7で大きく変わった。また、Fedoraプロジェクトの資産であるEPELのリポジトリを使って新旧ごった煮の環境にしているサーバー管理も多い。そのような状況にあっても、なおRedHat互換OSを「無難である」と選択する人々が多いのだ。

Appleの呪縛

AppleのMacについてもDTPやデザイナーからの根強い支持がある。PhotoshopやQuarkXPressがMac版しかなかった頃は確かにMacが唯一の環境であったが、現在はMacでもWindowsでもほぼ同じような作業を行うことができるようになった。それでもDTPやデザインの分野でMacが今までのノウハウや資産が活かせるとして使い続けられている。

Appleは今までの歴史からも明らかなように古いアーキテクチャを無慈悲に切り捨ててきた企業だ。クラシック環境、ユニバーサルアプリなど移行措置も存在したが、一定期間が過ぎたら古い資産は使い物にならなくなる。そのような状況でもMacの操作性の維持と今までの資産を僅かにでも存続させたいという人々の保守的な思いがMacを継続的に選択させている。

OSの基本は「変化しないこと」 毎回UIが変わるのは狂気の沙汰

人々がOSに求めているのは革新ではなく「変化しないこと」だ。今までと同じようなUIで使い続けられ、今まで使えていた機能や管理が明日も使えることを願っている。しかし、OSはバージョンアップのたびに新機能とUIの刷新をアピールする。この方針は狂気の沙汰でしかない。UIが変わることを敬遠する多くの人々がここで買い控えが発生して、レガシーなアーキテクチャやセキュリティホールを内在したままの状況になってしまう。

OSがバージョンアップのたびにUIが変わるのはどのような販売戦略に基づいてのであろうか?変わらない事も1つのアピール材料だ。内部のアーキテクチャを大きく変えたとしても、UIは同じ、またはオプションで今までと同じUIが使えることが望ましい。この方針が大衆に新しいOSを普及させることにも繫がりセキュリティ対策にもなる。

OSとUIは分離させよ 大衆に根ざさないOSに明日はない

これはデスクトップLinuxに関しても言えることだが、OSとUIは分離させた方が望ましい。OSが変わってもUIが維持されるかオプションで選択できることは鉄則とした方がいい。Gentooのように。

MicrosoftもWindows10が最後のOSとしているが、アップデートでUIが変更されている。Creators UpdateでもUIが紐付いて変わる。Windows10Sという実質的に新規のOSも発表された。Windowsを取り巻く状況も未だ混沌としている。技術環境やライフスタイルが大きく変わろうとも、WindowsもmacOSもLinuxもUIは変わらず選択できる方がいいだろう。そしてこの3つのOS同士もUIが変わらずに移転できることが望ましい。

人類最後の希望はちょまどさんに託された

Microsoftもオープンソース支援企業として生まれ変わろうとしているならば、複数のOSをまたぐ共通UIのコンポーネントをオープンソースとして開発・公開するべきだ。macOSやLinuxの開発者と共同で「UIを維持。選択できるままOSを変えることができる社会」を実現させることがディストピア的状況を打破する鍵となる。大衆に根ざさないOSに明日はない。

オープンソースの開発ツールを活用してきたMicrosoftエヴァンジェリストのちょまどさんはこの事を知りうる絶好のポジションにいるので社内に呼びかけてほしい。最終的にはちょまどさんがWindowsをオープンソースにしてMicrosoftの中興の祖となることに期待している。