ニャートさんの記事に書かれたAIの未来
ニャートさんが非正規雇用者のサイレント革命(原案)という記事を出した。そこでAIと労働の関係について以下のような将来予想を書かれていた。
2.AIは、給料が高い仕事(=コストがかかるから削減したい)から奪っていく。 地方によくある、最低賃金・非正規雇用の介護の仕事などには、AIは導入されない。 なぜなら、いま超低コストで(AIの導入が難しい)複雑な仕事につく人間を雇えているのに、中小企業においてコストをかけてまでAIを導入するメリットがない。 結果、低賃金のキツい仕事ばかりが残され、それを非正規雇用者が奪い合うようになる。
非正規雇用者のサイレント革命(原案) - ニャート
記事の主題であるフルサト経済圏の是非や評価はいったん置いておくとして、私はここに書かれてあるAIと労働の将来予測は正しいと思った。AIは今後、頭脳労働の高給取りの仕事から奪っていくだろう。しかし、この内容について反論するブコメが一番スターを獲得していた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/335864607/comment/ono01844b.hatena.ne.jp
AIは定型業務の仕事から奪っていくとする主張である。確かに現在の人工知能は囲碁や将棋のようなルール化された領域で大きなパフォーマンスを発揮する。また、深層学習や機械学習の研究や開発環境が整備されたことで適用範囲も広がってきている。
先日も深層学習を用いたイラストの着色記事が話題となった。この記事はニューラルネットワーク・深層学習用のフレームワークであるChainerを使って線画の着色についてあらかじめ正解となる60万枚のデータセットを与え(教師あり学習)、その学習を元に線画を着色させたところ再現性の高い着色に成功したものであった。近い将来、イラストレーターの技術水準にまで達するかもしれない。
しかし、本当に人工知能は定型業務を奪っていくのだろうか?
ムーアの法則が終焉した世界の人工知能開発
技術的に可能になる事と経済合理性は別問題だ。現在の人工知能開発にはカネと時間が掛かる。深層学習や機械学習は多くのマシンリソースを必要としている。CPUだけでは処理が足らず、GPU演算が必要とされ、Googleが独自にTPUというプロセッサを開発した。Keras+TensorFlowやChainerによって個人でも深層学習の開発ができる環境が整ってきたが、商業的に実用レベルにするには潤沢なマシンソースが要求されている。
残念ながらムーアの法則は終焉してしまった。もう半導体の集積率は18ヶ月で2倍にはならない。シンギュラリティを迎えるには計算機の能力が足りない。ノード数やコア数を増やして並列処理させ、GPUも駆使することで処理能力はある程度は向上できる。TensorFlowに続いてChainerでもマルチノードに対応していく方針(ChainerMN)が発表された。ただ、このような並列処理を実現させるのは資金力がモノを言う世界である。
マシンリソースが貧弱であれば人工知能は愚かな結果しか返せない。教師あり学習では正解となるデータセットを準備して学習させる時間も必要だ。教師なし学習においてもクラスタリングするデータや学習させる時間が必要である。
仮に人工知能を搭載したロボットの実用化を目指すとして、そこに深層学習や機械学習の演算処理をつかさどるハードウェアを搭載すると非常に高価となるし、小型化の実用の目処は立っていない。IoTやクラウドが喧伝されており、Amazon・Google・Microsoftなどは機械学習用のクラウドリソースを提供しているので、インターネットで繋がった先に頭脳を置いておくこともできるが、クラウドリソースも高価である。
特定分野に精度の高い判断ができる人工知能を開発するだけでも高いコストが掛かるのに、特定企業に特化した人工知能や汎用人工知能を開発しようとすると現在だと天文学的な予算が必要になる。研究や技術の進歩、パラダイムシフトなどで価格は徐々に安くなっていくだろう。でもムーアの法則が終焉した世界では、大きな革新はないものと思った方が現実的だ。サイバーダイン社が開発するような画期的なマイクロプロセッサは登場していない。
(ターミネーター2)
人間=1時間1000円で使用でき精巧なハードウェアも付属している自律型汎用知能
高いコストが要求される人工知能に比べて、人間は1時間1000円くらいでも調達できるコストパフォーマンスが抜群に良い自律型知能である。標準で学習能力を搭載しており、演算処理やメモリを頭部に内蔵している。予期せぬ例外状況にも対応できる潜在能力を持っており、ネットワークや電源が繋がらない環境でも長時間学習活動ができる。個体差が大きいが、教師の存在によって判断の品質を維持できる余地がある。その判断能力の汎用性は現在の大企業で提供しているどの人工知能サービスよりも高い。
人間の大きなアドバンテージはハードウェアも標準で付属していることだ。人体は極めて精巧なハードウェアである。このような精巧なハードウェアは今現在いかなるロボットでも実現できておらず、実現できたとしても極めて高価だろう。人体のようなハードウェアを制御できる自律型人工知能も実用化の目処が立っていない。人間はソフトウェアとハードウェアが標準で揃っており、1日の稼働時間に限界が存在するが、これを交替制でカバーしていける余地も存在する。人間は極めてコスパが良いのだ。この優位性は、現在の人工知能開発やハードウェアを取り巻く状況が根底から覆るような革新がない限り、維持できるだろう。
もちろん人工知能が職を奪わないわけではない。人工知能のアドバンテージは、ルール化された状況で高度な成功条件を持続的につくれることにある。全く予期せぬ例外状況に直面せずにルールで勝利し続けることが出来るのは、頭脳労働とりわけITの世界である。ソフトウェアで完結でき精巧なハードウェアが必要とされていない。定型業務は特にパフォーマンスを発揮するだろう。
ただ、人工知能の導入はコストが高い。定型業務でも月30万〜50万円くらいの費用を払って教育を受けた人間に仕事をさせた方が運用コストが安上がりである場合も多い。それでは人工知能がコストパフォーマンスを発揮する領域は何か?ゲーム化されて高度な判断が要求され、人間だと非常にコストが高い高給取りの頭脳労働者がやっている業務である。ここは人工知能と人間が天秤に掛けられて、状況によっては人間のスペシャリストが敗北して職を奪われていく部分だろう。
産業革命から2世紀。肉体労働は無くなっていない
産業革命期には機械に職を奪われるとして、ラッダイト運動のような機械を破壊する大衆運動が起きた。その産業革命からおよそ2世紀が過ぎた。世界から肉体労働は無くなっているだろうか?
機械に代替されて就業人口が減少した労働もあるが、肉体労働は依然として無くなっていない。機械よりも人間の方がコストパフォーマンスが良い状況・地域・分野では、人間が依然として肉体を駆使して労働している。技術的に代替が可能であったとしても、コストが高いならば人間が選ばれる。そして人間の中でもより低賃金で働く労働力の確保のために産業移転が起きており、先進国の高価な労働力は新興国の安価な労働力に負けて職を奪われる現象が続いている。安価な人間の労働力は競争力が強い。
したがって低賃金の肉体労働や底辺労働は人工知能に職を奪われにくい。光と影がある部分ではあるが、人間の方が安ければ人間が選ばれるのだ。この価格競争に強いのが低賃金の肉体労働である。マルクスの亡霊はいまだ必要とされているのだ。
そんなことをGWの終わりにサザエさんシンドロームになりながら書いた。明日からまた底辺労働を頑張ろう。
人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの (角川EPUB選書)
- 作者:松尾 豊
- 発売日: 2015/03/11
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