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なぜ宇宙の生命探査は水がある惑星が不可欠なのだろう?

   

宇宙の生命は水のある環境にしか発生しないのか

昨日地球の100兆倍の水がある天体が発見されました。生命がいるかもしれませんね。

sciencejournal.livedoor.biz

ところで現在の地球外生命探査は水があるかどうかを生命が存在する可能性の重要な手がかりにしていますが、水が無い惑星では生命は発生しないのでしょうか?

確かに地球上の生命の多くは水を必要とし、私達人間も水をしばらく摂取しないと代謝ができず死んでしまいます。しかし、太陽系にもタイタンなどアンモニアやエタンが液体となって流れている衛星があります。これを代謝に利用すれば水が凍り付くような寒い環境でも生命が活動できるのではないでしょうか。

そんな疑問を抱いて生命の発見にとってなぜ水が不可欠なのか調べてみました。私も文系なので文系でもわかるように解説してみます。

生命は海で生まれたのか

水のある惑星を探している理由として「地球の原始生命は海で誕生したから」とする主張があります。地球の原始生命は海で生まれたのでしょうか。

この問題を科学として考える際に出発点となったのは1950年代のミラーの実験です。このミラーの実験では原始大気の成分とされる水、メタン、アンモニア、水素の混合気体に火花放電を行ったところ、グリシンやアラニンなどの5種類のアミノ酸が生成されました。アミノ酸はタンパク質を構成する重要な有機化合物です。このため地球で生命が誕生したのは原始地球の大気成分下での海の役割が大きかったと考えられてきました。

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しかし、このような原始地球の海(生命のスープ)で有機化合物が生成された可能性は現在では数多くの反証があります。まず地球に落下した隕石の中からもアミノ酸を構成する有機化合物が発見されました。

さらに宇宙の塵「星間塵」を構成する一酸化炭素・アンモニア・水の混合物に陽子線を照射するとアミノ酸前駆体が発生することが実験で明らかになりました。固体化したエタノール・アンモニア・水氷の混合物に炭素線を照射してもアミノ酸が生成され、星間塵アイスマントルのような低温の固体環境下でもアミノ酸がつくられることも明らかになりました。

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北海道大学:星間での複雑有機物の生成と変成 : 生命の素材は宇宙でつくられた

生命や生命を構成する有機化合物は必ずしも海で誕生したとは限らない可能性が示唆されています。原始生命が海の中で繁殖を続けたのは明らかですが、その起源は海ではなかった可能性があります。それでは水は生命にとってどのようにして重要な要素となったのでしょうか。

水の特異な性質

そもそも水(H2O)とはどのような物質なのか考えていきたいと思います。

水は様々な物質の中でも液体でいられる温度の範囲がとても広い物質です。よく知られているように水の融点は0℃であり、沸点は99℃です。

アンモニア(NH3)は融点が-78℃で沸点が-33℃であり、45℃の範囲内でしか液体で存在できません。メタン(CH4)は融点が-183℃で沸点-162℃であり、これもまた21℃の範囲内しか液体で存在できません。エタン(C2H6)は融点が-183℃で沸点が-89℃であり、水とほぼ同じくらいの94℃の範囲で液体で存在することができます。いずれも水に比べるとだいぶ低温の環境でなければ液体でいられません。

水がこのように温度が広く液体でいられるのは、水素結合の力が強力であるためです。水素結合は分子と分子の間に働く引力(ファンデルワールス力)の10倍程度の強さがあります。このため水分子は分離しにくいのです。水素結合は電気陰性度が高い酸素原子に水素原子の電子が引っ張られるため発生する力です。

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そして水の沸点は生体分子が存在できる最高温度に近いです。高温状態では生体分子の分子間力よりも熱運動の方が優位になり、生体分子の非共有結合の形成が不可能になります。このため多くの生命はこのような高温では生存することができません。

水の融点も重要な要素です。水よりも融点が低いアンモニア・メタン・エタンが液体として存在するような低温度下では、生体分子の化学反応は水よりもずっと遅い速度になります。低温状態では生体分子の粒子の熱運動が停滞し、大きなエネルギーを持つ粒子の割合が低下します。このため化学反応に遅れが生じます。仮にアンモニアやメタンの海で生命が誕生したとしても、このような化学反応が遅い環境下で自己を生成していくのは困難があるでしょう。低温は生命にとってボトルネックになります。

氷は水に浮く

水が氷である時は水素結合により正四面体型で分子間の隙間の多い結晶構造を形成しています。このため氷が水に溶けるときは水素結合の一部が切断され、結晶中の隙間に分子が入り込み隙間が無くなっていきます。したがって水の密度は氷の密度より大きく、皆さんがご存じのように氷は水に浮きます。

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もし氷が水に浮かばず沈むのだとしたら、冷えた水は氷となってどんどん沈んでいきます。表面も冷めて海全体が凍り付く状態になってしまいます。アンモニア・メタン・エタンは固体が液体に沈むので固体・液体・気体の3層が多様に存在できません。

水の密度を支えているのも水素結合の力です。また水は4℃で密度が最大になります。この理由はまだ厳密にはわかっていませんが、4℃以上では水は膨張して密度が小さくなり、4℃以下では氷の隙間が多い結晶構造が残っているため密度が小さくなると考えられています。

このような水の変化があるので、水は極端に凍り付いたり蒸発したりせず、液体の状態で存在することに長けている性質があります。

水のイオン触媒と酵素への影響

もう1つ重要な水の特徴として、水は色々な物質がとても溶けやすいというものがあります。

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(酸素原子)

水の元素である酸素や水素は元々は中性の元素ですが、酸素原子は最外殻の電子軌道に電子2個分の空きがあり、原子核には8個の陽子があります。酸素原子はこのような原子構造のため周囲の電子を引き寄せる力が強いです。水分子を形成すると水素原子の電子は酸素原子の方に引き寄せられ、分布が酸素原子側に偏ります。その結果、酸素原子側はマイナスに帯電し、水素原子側はプラスに帯電します。

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水分子は通常の状態で電荷に偏りがあり、双極子になって極性を持ちます。この極性により水は誘電率が高く、イオンの結合を弱めイオンの触媒として非常に優れています。イオン化合物が水に溶けると、水分子の微運動でイオンが分離しやすくなります。

イオンは生命のDNA・酵素活性で重要な役割を担っています。DNAの二重らせん構造ではリン酸は表面に位置し,自らの負電荷で相互に反発しています。DNAのイオン強度を上げると遮蔽効果により負電荷の反発が緩和されます。水の水素結合はタンパク質の結合部位と基質を結合させる働きがあります。

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水の疎水性引力はタンパク質の折り畳みに重要な役割を果たします。タンパク質には親水性のアミノ酸と疎水性のアミノ酸が含まれており疎水性相互作用が実現されています。炭化水素鎖間での疎水性相互作用は細胞膜形成に重要な役割を果たしています。

メタンやエタンの無極性分子の海では、生物が地球の生命のような細胞極性を形成しても解けてしまうと思われます。またイオンを基質とした酵素の生成にも支障が生じるでしょう。

エタンやメタンの海で生命は発生するか

このような水の特質は地球上の生命維持には欠かせない一方で、不安定な有機分子が加水分解で破壊されることと表裏一体でもあります。水以外の液体で支えられた生命は有機分子の安定性を利用した環境下で発生すると思われます。

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タイタンのようなエタンやメタンの海では生命は酸素の代わりに水素を利用し、ブドウ糖すなわちグルコース(C6H12O6)の代わりにアセチレン(C2H2)を利用し、メタンを放出している可能性があると指摘されています。地球でも古細菌であるメタン菌は二酸化炭素を利用してメタンを合成しています。しかし、このようなメカニズムはあくあで仮説であり、その詳細が立証されたわけではありません。

今年になってScience Advancesにタイタンではシアン化ビニルが存在するという論文が発表されました。この論文ではシアン化ビニルによって細胞膜を形成した生命が存在する可能性はあると指摘されています。シアン化ビニルによって、水のような極性がないエタンやメタンの海でも細胞膜を形成している可能性はありますが、現時点ではその方法は見つかっておらずSFの域を抜け出ていないものとなっています。

地球以外の生命の構成要素として、炭素と性質が似ているケイ素によって生命の構造を形成できる可能性が一部で指摘されています。この場合は地球上の生命とは全く異なる基質で形成されることになります。しかし、ケイ素原子は原子半径が質量も高いため大きく二重構造をつくりにくいです。このためケイ素を用いた複雑な構造をもつ結合は考えにくく、ケイ素は水にもあまり解けないため、ケイ素を用いた生命も考えにくいでしょう。

水は生命にとってとてもコスパが良い

私達の考えるベースとなっているのはあくまで地球で発生した生命のみであり、その点を考えると認知バイアスはもちろん存在します。アンモニア・メタン・エタンの海でも私達が想像しなかったメカニズムで生命がうじゃうじゃいるのかもしれません。

しかし、現時点で発見されている化学反応はいずれも水が最も生命の発生や活動に適した環境であることが示唆されています。アミノ酸は液体の水が無くても生成できますが、水は生命の発育にとてもコスパが良く、水を利用すれば手軽に複雑なイオン反応も構成することができます。

現時点では以上のような理由が水のある環境で生命を探すのが「最も確からしい」根拠となっています。地球って本当に恵まれた惑星ですね。この地球の恵みは人間活動によって失われつつありますが。

※化学の知識は高校までで止まっているのでもし間違いがあれば、是非ご指摘ください。