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「気候変動と南スーダン」ーもはや避けられない現実となった気候変動への"適応"ー

   

「地球温暖化」をビジネスチャンスとする人々

最近、南スーダン情勢が国会でも話題だ。衝突なのか武力行使なのか。

以前のブログで、地球温暖化による気候変動に備えて南スーダンの広大な土地を買い占めているアメリカ人投資家フィル・ハイルバーグの話題を書いた。

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(南スーダンの将軍の息子と商談するフィル・ハイルバーグ。『地球を「売り物」にする人たち』)

マッケンジー・ファンク『地球を「売り物」にする人たち』の中では、地球温暖化をビジネスチャンスとして捉えて、地球が温暖化して北極の氷が解ければもっと儲かると考える企業や人々の活動が描かれている。第7章では南スーダンの話題を扱っていた。

第7章はウォール街の投資家フィル・ハイルバーグが南スーダンのスーダン人民解放軍の将軍と手を組んで広大な農地と水を購入する契約をしている経緯の取材。南スーダンが独立することを狙って肥沃な土地を買い占めて食糧危機の際に高値で売ろうとしている。

「私は悪人ではない。同時に金儲けもしたい」

彼が狙っているのはアフリカの中でもエチオピアやソマリアなど内戦が続いてバラバラになって独立しそうな軍閥に肩入れを行って、肥沃な土地を大量に買い占めることだった。アフリカで人道支援を行っている活動家やNGOはこれを「農地強奪」と批判している。

フィル・ハイルバーグは今後の世界経済は気候変動によって金融商品や投機的な取引はやがて終わり、人々がパニックを起こして実際の産物の取引を中心に動くようになると予想している。実際、イギリスの不動産会社はロシアやウクライナの黒土が気候変動で肥沃な農地に変わるとして買い占めに走っている。中国やアラブ首長国連邦も世界各地で農地とする土地の買収を行い始めている。

南スーダンの将軍との契約は、将軍の土地も北スーダンとの戦闘になったことで打ち切りになった。でも、それは大きな問題ではないという。内戦で最後に生き残った連中が誰なのかを見極めて新政府を樹立するときに買い占めると話していた。

フィル・ハイルバーグは筆者の取材に「君にここまで包み隠さないでいるのは、私が悪人ではないと知ってもらいたいからだ。私は心の広い男で、同時に金儲けもしたいと思っている。私が連中に何を与えているか分かるかな?希望を与えているんだ」と語っていた。

地球を売り物にする人たち

このように気候変動を巨大なビジネスチャンスとして捉える企業や人々が世界中で活動を行っている。

北極の氷もだいぶ溶けてきて北極海航路の誕生も現実味を帯びてきている。

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『地球を「売り物」にする人たち』の第2章は、気候変動が続くことを確信した石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルが、「ブループリント」と「スクランブル」という2つの未来予測のシナリオを描いて動いている話。

「ブループリント」は人々の間で地球温暖化への問題意識が高まり、低炭素社会へ移行した場合のシナリオ。この場合、温室効果ガスを排出する石油は高値になるが、現状の他のエネルギー資源では途上国の需要を満たしきれないので石油は依然として活用され、「二酸化炭素回収貯留」(CCS)事業が活性化する。

「スクランブル」は温室効果ガスの排出規制が進まない場合のシナリオで、この場合にエネルギー資源の浪費は続き気候変動による食糧危機や水害などで各国の対立が激化する。その場合に各国は自国の資源の活用に迫られて大量の炭素を発生させるが石炭の需要が大幅に伸びるという予測。

シェルはどちらのシナリオでも利益が上げられる見通しを立てていて、北極の油田開発にも手を伸ばしている。

気候変動はもはや止められない現実

気候変動で地球の温暖化が進んでいるのは誰が見ても明らかな状況になりつつある。日本でもかつて雪が降っていた地域で雪が降らなくなったり、真夏日は毎年のように記録を更新している。以前は稲作には不向きだった北海道の米もどんどん品質が向上している

80年代や90年代には地球温暖化の問題として、北極や南極の氷が溶けて海水面が上昇する脅威が社会的に認知され、護岸工事などのインフラ投資や海面上昇で沈む国への救済策が議論されてきた。

しかし21世紀になってから海水面の上昇以外にも様々なリスクが顕在化してきた。大きな現象として海水の温度が上昇したことにより台風が巨大化して頻発するようになった。「○十年に一度」はもう終わって、毎年のようにこのような状況が続くと思われる。

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熱帯系の伝染病が日本にも入ってきたり、生態系が大きく変わってしまって生物多様性の危機に直面するなどのリスクも大きくなった。降雨パターンが極端になることや伝染病や生態系のリスクは既に20世紀から指摘されていた。でもそれがどれほど拡大するかは未知数だった。

人工衛星とコンピュータと最新の気候モデルや人工知能を駆使しても、明日の天候も外れることがある現在の私達の科学では、気候変動の規模とその影響を正確に予測することはかなり困難を極める。

気候変動が人為的な温室効果ガスの排出が主因ではないとする温暖化懐疑論も根強い。未だその指摘に対して十分な反証が出来ていない部分も存在する。でも人為的な温室効果ガスの排出と気候変動には高い相関性が見られることは確かで、主因と思われるリスクを潰していくという観点から人為的な排出ガス規制は重要であると言える。

IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)では、人間の活動が気候変動の支配的要因であった可能性を95%と予測している。そして気候変動は仮に人為的な温室効果ガスの排出規制に成功して世界が低炭素社会に移行できたとしても止めることは出来ず、2100年までに2℃前後上昇すると予測している。また、最悪のシナリオ(低炭素社会への以降に失敗して温室効果ガスの排出が現状ベースで進んだ場合)では地球の気温は2100年までに4.8℃上昇すると予測している。

仮に最悪のシナリオで4.8℃地球の気温が上昇すると、北半球では北極も含めて氷は全て溶けてしまう可能性が高い。また世界各地で洪水が増えて年間1億人が大洪水の被害にさらされる。生態系の変化で世界の食糧生産も打撃を受け、海洋の酸性化も進んで植物性プランクトンが死滅。海洋の酸性化で海洋の二酸化炭素の吸収効果が弱まり、現代文明は破局への道を歩む可能性が高い。

気候変動への適応

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(Civilization Beyond Earth)

地球温暖化問題への対策はIPCCで議論されている。日本での報道は温室効果ガスの排出規制がどうなっていくかに偏りがちだけど、IPCCには3つの作業部会がある。

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(Civilization Beyond Earth)

第1作業部会は「科学的根拠」。気候変動のメカニズムに関してはまだ解明されていない問題も多く、気候変動が人為的な活動で排出された温室効果ガスによるものかに関しても懐疑的な研究もあるので気候変動の科学的根拠に関して議論が行われている。

第2作業部会は「適応」。温室効果ガスの排出規制を計画通りに続けて行ったとしても、気候変動は止められない可能性が高い。計画通りに進まずにこのままのペースで温暖化が進む破局的な状況も起こりえる。温暖化していく地球に「適応」して文明や生態系を維持していくための政策が議論されている。生態系の計画的な保護、食糧不足への対応、海面上昇への対応、海水温上昇への対応、水害や水不足や降雨環境の変化への対応、伝染病や熱中症などへの医療体制など。

第3作業部会は「緩和」。いわゆる温室効果ガスの排出規制。第3作業部会の「緩和」は最優先で取り組まなければいけないけど、それと同時に「適応」も計画的に行っていかなければ、このまま気候変動が続いたときに甚大な被害を受けることになってしまう。

日本政府の審議会でもこの「適応」が徐々に議論され始めてきている。しかし日本の「適応」に関する政策は欧米より5年は遅れていると指摘されている。低炭素社会を目指すだけでは気候変動に耐えられない。

環境省 中央環境審議会 地球環境部会 気候変動影響評価等小委員会(2015年3月2日の議事録)

浅野部会長
ありがとうございます。
パブコメでのご意見についてはあれこれ言ってもしようがないという委員長のご発言ではありましたが、部会でも同じような議論がありましたので申し上げさせていただこうと思いますが、パブコメの5番の中に適応計画の法制化は拙速であるということが記されています。これが、適応策を議論するための前提がよくわかっていないからという理由であるならば、そもそも適応計画を検討すること自体がおかしいということになるわけです。だが計画をつくることはいいのだが、それを法律にもとづくものとすることは拙速だというご指摘は変なおはなしだと思います。
といいますのは、適応計画の法制化ということの意味が、どうも誤解されているように思われるからです。適応計画を法律に基づいてつくったら、何か作られた計画があたかも法律規範と同じように人を縛るものだと思い込んでおられるのではないかなという気がいたします。計画自体はあくまで計画であって行為規範ではありません。何かそのあたりに誤解があるのではないかと思われます。ただしかし計画を法律に基づいて作られた計画にするということと、単なる閣議決定、単なる環境省の決定で作られた計画にするというのでは、まるっきり重みが違うということはあります。
計画をつくって何を書いても、各省がその計画を見ながら、きちっと自分のところがやることについては、これは適応の観点からこんなことを考えなければいけないということを、真剣に考えていただけるかどうか、国会で国民の意思として決定し作られた計画であれば、これに取り組む際の真剣さに違いがあるだろうと思うのです。法律が決めなさいといっていることを決めているのですからというのと、ただ単に閣議で決めましたというのは、その辺の重みが違います。閣議決定ならまだいいのですが、そうではなくて単なる一省庁が物を言ったというだけだと、他の省庁はそんなものは知りませんよということになりかねません。
ところが、適応の対策は、恐らく本気で考えていけば、さまざまな施策を統合しなければいけませんし、施策間での調整もしなければいけません。矛盾しそうな施策について、これをできるだけ矛盾しないようにということを考えなければいけないわけですから、その意味ではやはりせっかく適応の計画をつくる以上は、法律に基づく計画であることが必要であろうと思います。繰り返しますが、法律に基づく計画であるということと、書かれていることが全部法律条文そのものなのだというのとでは、まるっきり話が違う。そこら辺のところをもう少しきちんと理解をしていただく努力をしなければいけないだろうと思います。

何かすごく毒にも薬にもならないような議論をしている…(^_^;)

排出ガス規制の綺麗事だけでは解決しない。適応とビジネスの闇と向き合う必要がある

日本のメディアでは依然としてこの排出ガス規制だけが大きく報道される。確かに排出ガス規制は最も重要だが、もはや排出ガス規制を行っても気候変動は止められない。

私達は気候変動をしていく地球の中で生きていく術を考えなければならない。

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(2016年9月11日、「シン・ゴジラ」の巨災対よりも遅くなってしまったけど、ついに日本政府の中にも「気候変動の影響への適応に関する関係省庁連絡会議」が設置された)

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(「シン・ゴジラ」)

気候変動はゴジラ以上に人類の脅威。「適応」を行っていくためには、気候変動していく中でも社会や経済を回していかなくてはならない。巨大な行政機構も動かしていかなければいけない。そこでは現在は倫理的に攻撃されている地球温暖化をビジネスチャンスとしている企業や人々との連携も不可避だろう。

善意にだけ期待して経済的実利がなければ社会は動いていかない。欲望は私達の中に存在する。それと向き合って共に発展していく世界を築かなければ、現代文明も生態系も衰亡の一途を辿ることになると思う。

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(『風の谷のナウシカ7』)